久しぶりの更新

ずいぶん更新していなかった。忙しかった・・・・・・考え事をする暇がなかった・・・・・・「いつこっちに来られるの?」・・・近しい人からそういう電話をもらったのは10月7日だったかな。この場合の「来られる」というのは可能の意味ではなく、尊敬・・・つまり敬語として使われている。「11月に入ったら行けるかも」と口から出任せを言った。そしてその言葉に縛られて、11月になったら会いに行かねば、という思いが一種の脅迫観念となって、私をなお一層の働き者とした。この仕事を片付けたら休もう。次の仕事に差し障るけれど、とにかく休もう。休むために働こう。

近しい人の病気が再発して、病院に通い出したのは8月だったか、9月だったか、はっきりとしないが、とにかくお見舞いに何か贈ろうと思い立った。前回は鶴を1千羽ほど近しい人に向けて飛ばしたが、また鶴では芸がない。そこで今回は星にした。ラッキスター。ラッキーセブンという言葉も聞くので、ならば777個の星に願いを託そうと思って、折り紙を用意して、寝る前に少しずつ作り出しのは、9月に入ってからのような気がする。これが意外と難しくて、777個の星の陰には200個以上の失敗作があった。

苦労の末、ようやく11月9日の夜に出来上がった。そうしたらコロナの第三波らしきものがやってきたというニュースが世間を騒がし始めた。777個の星を郵送しようかな、とも考えたが、「君が来ても俺は全然迷惑じゃないよ」という近しい人の一言で、777個の星を直接届けることにした。決行の日は13日の金曜日・・・・・・。それはともかく、最近近しい人は「俺」という言葉を使う。昔からそうだっただろうか? 以前は「僕」と言っていたような気もする。私は「俺」という言葉よりも「僕」の方が好きなのだけど、人の好みをとやかく言うのは好まないので、そのまま聞き流している。だが少々に耳に障る。がまん、がまん。

いつものごとくいい加減な待ち合わせだったが、近しい人と無事に11ヶ月ぶりの再会。薬の副作用で白血球が基準値を下回って、かなり危険な状態だったようだが、その割には元気だった。少し痩せたかな?

何の話をしただろうか? あまりに話をしすぎてすべてを覚えられない。コロナの話、人間関係の変化、コロナに対する過剰反応の是非、神との出会いの瞬間、マイスター・エックハルトとトマスの類似と相違、マイノとベラスケス・・・話はいつもように迷子になりどんどん逸れていくが、どれもみな面白い話題であった。

どこをどう迷子になった後だったか忘れたが、「姉はね」と近しい人が一番影響を受けているお姉さまの話になった。「姉はね、天使に祈るんだよ。あの人はポケットに小さな天使の像を、小さな袋に入れて持ち歩いているんだ。天使に祈るけれど、姉の思い通りにならないだろ、そうしたら、天使を袋から取り出して、逆さまにしてまた袋につっこむんだって。一種のお仕置きだね。で、思い通りになったら、天使を元に戻すんだって。天使は単なるメッセンジャーだから、そういうことをしても構わないんだって。」なるほど、いい話を聞いた。私もやってみようかな。

話をしながら、ヨットハーバーを散歩した。板張りの長いデッキを歩いていたら、私の靴からカタコトとかかとの音がすると呆れられた。ああ、何たること! 私のお気に入りのリーガルの靴は、このかかとの音が良いのだ!それを呆れるとは・・・・・・わかってないなぁ。

「ボロボロになりながらもこうやって生かしていただいているから、誰にも強制されたわけではないけど、体に悪いと思うことはやめているんだ。たとえば、これは美味しいけれど、食べると体に悪そうだ、と思ったら食べないよ。誰にも食べてはいけません、なんて言われないけど、俺は食べない。そんなことをしたら、神様に申し訳ないでしょ。」これはも迷子になった話のどこかで、近しい人が言った言葉だ。・・・・・・うまく言えないけれど、私の心にこの言葉が刺さった。痛く突き刺さるのではなく、忘れてはいけないと思って心に刻み込まれた、というべきだろうか。・・・・・・私などがお祈りする必要はないけれど、この人に神様のお恵みがより豊かにありますように・・・・・・こう祈らずにはいられなかった。

今年は新型コロナの所為でできなかったが、次の桜の頃に、またリーガルの靴音をBGMに、近しい人と散歩しながら、いろいろな話に桜に負けないくらい美しい花を咲かせたい。ペリパトス派のささやかな願いです。

2020-11-14 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

8月もあと二日

コロナ禍の所為で、何となく毎日がすっきりしない。厳しい暑さの所為で、何となく元気がでない。・・・というのは口実なのだが、更新を怠っておよそ半年。時間だけは加速的に進んでいく。

この前、携帯ショップの店員さんの口車にまんまと乗って、機種変更した。ちょっと契約状況で質問したいことがあっただけなのに・・・。ま、それはそれとして、近しい人から電話があったのは、機種変更した日の夜だった。

「元気?」「ん~ん……」「元気じゃないね。」・・そうかぁ、即答できないということは元気ではないということなのだ。二時間も話し込んでしまった。もう三週間も前のことなので、内容はほとんど忘れてしまったが、「信仰」という言葉、たとえば「キリスト教を信仰する」というような、「信仰」という言葉はあまりよくない、というようなことも言っていたかな。「迷信を信仰する」ということもあるから、「信頼」という方がいい、神に信頼を置く、というのがいいだろう、というようなことを話した記憶がかすかに残っている。

コロナのおかげで、楽しみがすべて奪われた。でも奪われたと嘆いてばかりもいられないなぁ・・・あまりしゃっきとしない文章だが、更新しようという気になっただけマシかな。

2020-08-30 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

2020年2月に書きたかったこと

 新型ウィルスの所為で、ずいぶんと生活のリズムが変わってしまったが、久しぶりに昨晩、近しい人に電話した。「連絡がないから、どうしたのかと思っていたところだよ」という懐かしい声が電話口から聞こえてきた。昨日の電話は、いかに人は新型ウィルスに感染する過程を気にするか、という話を軸に、いつもながら話を迷子にさせていた。人混みを避ける、マスクを着用する、手洗いをする、そういうことをしなければ、感染するリスクが高いわけだが、それは新型ウィルスそのものよりも、感染する過程に注意を払っていることだと、近しい人は言っていた。なるほど、そうとも言えるなぁ。

 それはともかく、先月の電話の話を書きたかったのだが、機会を逸していたので、下に記しておこう。

 先月、二月の半ばに電話したときは、卓球をしに行って、ちょうど帰ってきたところだったらしい。卓球? 近しい人が近所の友人相手に卓球している姿を思い浮かべてみた。……ふふふ……あまりうまく想像できなくて笑ってしまった。……ごめんね。

 私はこどもの頃に遊びで卓球をして以来、とんとご無沙汰だ。「こんど卓球しようか?」「いいですよ。」「若さが勝つか経験が勝つか」……近しい人にとっては年下の私は若いと分類されるらしいが、その分類は誤りだ。でも、わざわざ訂正しなくても、まぁ、いっか。「勝負はやってみないとわからないでしょ。」「じゃ、こんど卓球しよう!」

 そこから話がまた迷い出した。病後の三か月検診では、冬の枯れた枝に止まっている小鳥のように、お医者の診断を聞いていた、と言っていた。処方箋は四日以内に薬局に持っていかないと無効になるという話もしたなぁ。さらに、そこからどう話が迷ったか忘れたが、理想についての話にたどり着いた。「あなたの理想はなぁに?」……なんと難しい質問をさらっと投げかけてくるんだか。「夢も希望もない私に理想について訊くの?」と質問に質問で答えたら、前にある大学の先生に訊いたら「温泉に入ってのんびりすることだって、言ってたよ」と近しい人が言った。「それはちょっとどうかなぁ。理想が温泉に入ってのんびりすることだったら、ちょっと哀しいなぁ。理想って高くにあるものでしょ。それに向かって、向上していく、そういうのが理想だと思っているから、温泉につかるなんて言われたら哀しいなぁ。」「じゃぁ、あなたの理想ってなぁに?」「そうねぇ。少しは尊敬されるような立派な人になることかなぁ。」「尊敬されるというのはいいね。でも僕の理想は信頼されるべき人になることかなぁ。尊敬もその中に含まれると思うけど、人から信頼されるというのがいいかなぁ。誰からも信頼されるというのは、神のことだね。神に少しでも近づいて信頼される人になる、これが一番大事なことだけど、難しいね。」

 なるほど、なるほど。本当に難しいことだ。そう思いながら時計を見たら、八〇分が経過していた。あーあ、またやってしまった、長電話! 疲れたけれど、いつもながら楽しい電話であった。

2020-03-24 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

2020年1月に書きたかったこと

突然の新型ウィルスの感染騒動のため、3月に入ってから急に暇ができた。1月、2月は恐ろしく忙しくて更新も滞ってしまった。そこで、この暇を利用して、1月に下書きしたままになっていたことを以下に綴っておこうと思う。

知り合いが入院したとの報を受けて、2019年の聖家族の日、暮れも押し詰まった、けれども春を思わせる暖かい日に、近しい人と一緒にお見舞いに出かけた。例のごとく大雑把な待ち合わせであったが、その日も無事に駅前で、車でやって来た近しい人に拾われた。久しぶりに助手席に座り、私がタブレットで地図を見ながらナビゲーターを務めた。病院までの行く道での対話のメインテーマは「赦し」であった。難しい……。

人々は「赦し」を「許容」「諦念」「我慢」などと混同している。本当の赦しは、神にしかできない。神によって救われた人は真っ新になる。それゆえ、赦しは第二の創造である。…… 話の骨はだいたいこういうことであったと思う。ちょっと記憶が怪しいが……。

病院に到着したら、インフルエンザの流行により、マスク着用が義務化されていた。知り合いは耳が悪く、ほとんど聞こえないので、近しい人(と私)は、メモ用紙に文字を書き、知り合いがそれに口頭で答える、という形式での面会であった。ベートーヴェンは、耳が不自由で筆談していたらしいが、こういう状況だったのであろうか。トマス・アクィナスとオッカムのウィリアム、光と闇、善と悪……私にはキーワードしか書き記すことができないが、そういう話で筆談に花が咲いた。「悪は善がなければ存在しない」、「善の欠如が悪である」、「すべての行為は善に基づく」……病室でこんな話で盛り上がるのは、この二人だけだろう。お見舞いの時間は1時間と制限されているので助かったが、制限がなければこの二人は朝まで語り合っていたことだろう。

お見舞いのあと、帰り道のナビゲーターは、お役御免になった。無事に帰り着いたけれど、話はいつものように迷子になった。……「この前、『自分の年を考えなさい』って言われたんだよね。でも僕はいつ生まれたか知らないから、自分の年はわかんない。誕生日は母に教えられたけど、それが正しいかどうかわかんないし、役所への届けも本当かどうかわからんでしょ。だから僕は自分の年は考えないんだ」というような話も聞いた。そのとき私は「確かにそうね。私だって自分の年はわかんないなぁ。でもまぁ、みんなの伝えるところを信じるなら、あなたも私もやっぱりいいお年だわね」と そっと心の中でつぶやいた。

2020-03-05 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

クリスマスも過ぎ

クリスマスの直前の日曜日の夜、近しい人から電話があった。「ありがとうございました」。近しい人はなぜかお礼の言葉は丁寧になる。「ありがとう」と言うことはなく、「ありがとうございます」とか「ありがとうございました」としか言わない。それはともかく、お礼の理由は、私がクリスマス・プレゼントを送ったからである。気がついたらクリスマス直前。慌ててネットで注文して直送してもらった。慌てていたので、特別な包装もなく、何のために送ったかの説明はなかった。ま、箱の中身は、小さなクリスマスツリーとスノーマンの置物なので、誰が見てもクリスマス・プレゼントであるのはわかるだろう。けれど、そこは容赦なく、「クリスマスカードは付いてなかったね」と突っ込みをいただいた。「忙しくてカードを書く暇がなかったの。ごめんなさい」と素直に謝った。「僕も忙しくて書いてないんだよ。『電話で話したからカードはもういいですよ』ってみんな言ってくれたら、助かるんだよねぇ」。なるどほさっきの突っ込みはここに繋がっていたのか。策士だね。

クリスマスカードをもらう数が年々減ってきている、と近しい人はボヤいていた。そして、毎日顔を合わせている人たちからは几帳面にクリスマスカードが届くと笑っていた。ネット社会のマジックだろうか。離れていても、ネットを使って時々連絡を取り合っていれば、紙のカードなどは魅力がなくなるのかもしれない。・・・・・・これ以上考えるのは面倒なので、やめておこう。

きっと近しい人からはクリスマスカードがくるはずだ。人を油断させておいて奇襲作戦に出るところがある・・・・・・ちょっと表現が悪かったかな。言い換えよう。面倒だと言いながらも律儀なところがあるから、きっとクリスマスカードを送ってくれるだろう。そういう人なのだ。

そしてやはりクリスマスカードは届いた。

2019-12-27 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

湯たんぽ

近しい人に、湯たんぽを送った。

ちょうど1週間前の火曜日に、久しぶりに近しい人に電話した。「お元気ですか?」「わかんない」という合い言葉に始まり、1時間ほどいつものように迷子になりながら楽しく会話をした。どこをどう迷ってローマ教皇フランシスコ一世の来日の話題に入ったかのかは忘れたが、今の教皇はイエズス会から出た初の教皇だがドミニコ会はもう4人も教皇を出しているというところから、ドミニコ会800年の歴史に話が及んだ。天使という名のついたフラ・アンジェリコはドミニコ会士だったし、レオナルド・ダ・ヴィンチがフランスだったかイタリアだったか忘れたが、貴族に召し抱えられたのは、ドミニコ会のおかげだし、何よりも近代オリンピックが始まったのもドミニコ会のおかげらしい。話を聞きながら、「へぇ、そうなのかぁ」と感心した。そこからまた話がどんどん迷って、湯たんぽの話にたどり着いた。大病の後、近しい人は22㎏も痩せたので(前が少し太り過ぎだったようなのだが)、他の人よりも寒さに敏感になったらしく、ベッドに潜り込んでも寒くて眠れないので、湯たんぽを買いに行ったのだそうだ。だが、アルミの固い湯たんぽしか売っていなくて、できるだけ柔らかい素材のものを探したら、電子レンジで温めてから使う湯たんぽしか見つからなかったらしい。不本意ではあるが、背に腹はかえられぬということで、それを買ったが、やはり固くて気に入らない、と大いにぼやいていた。おそらく、水枕のような形の湯たんぽが欲しいのではなかろうか、と電話を切ったあと、思い至った。

湯たんぽ・・・電話の翌日は忙しすぎて忘れていたが、翌々日の木曜日に、湯たんぽのことを思い出し、ネットで探してみたら、意外と簡単に水枕タイプの湯たんぽが見つかった。低温やけど防止のための、ニットでできたカバーの柄はトナカイであった。トナカイかぁ、ちょっと子どもっぽいかな。・・・ ま、いっか。少し早いけれど、クリスマスのプレゼント代わりに、湯たんぽを購入して、近しい人のもとに直送してもらえるように手続きをした。土曜日の午前中着。

日曜日の夜、近しい人から電話があった。「今日は長話するつもりはないから」という前置きがあって、それから「湯たんぽが届いたから驚いたよ」という少々とがめるような口調の声が聞こえてきた。それに続いていろいろ言葉が並んでいたが、総合的に判断すると、トナカイの絵は気に入らないけれど、湯たんぽは喜んでもらえているようだ。湯たんぽを使う際の注意事項を私が伝えたら、そこからまた話が迷子になってしまった。一番記憶に残った話を一つ。私がコンビニで買い物をしたとき、アルバイトの外国人が、釣り銭を間違って、多く返してくれた。その時一瞬躊躇したけれども、私は正直に釣り銭の中からもらいすぎた分を返したが、正直に返すかどうか試されているようだったと言った。答えて近しい人曰く、それは自分の良心が自分自身を試しているのだ。なるほどね。

会話の内容をすべて記録したいところだが、あまりにも話題が次々に変わっていくので、全部を記憶することすら難しい。ただ会話が楽しいということだけは記憶にとどまる。「今日は長話するつもりはないから」という近しい人の宣言はむなしく、今月二度目の電話は1時間半に及んだ。

2019-11-26 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

10月22日

今日は「即位礼正殿の儀」だそうで、今年だけの国民の休日となっている。

今朝は、エディット・ピアフのドキュメンタリー映画のDVDを見た。昨日、帰ったら郵便受けに大きな封筒が入っていた。何かと思って開けてみると前述のDVDが入っていた。差出人を見たら、ある先生の名前があった。M先生と呼ぶことにする。M先生とはずいぶん前から知り合いであったが、それほど親しいわけではなかったし、私が学生であったこともない。仕事で、年に何度か会うだけである。それが、いつの間にか、ある程度の距離を保ちながら、親しくさせていただいている。

このブログがM先生の目にとまることはきっとないだろうから、少しM先生の話をしよう。いつ頃からか奈良県での仕事が年に1回あって、そのときは朝食をご一緒することになっている・・・らしい。変な言い方だが、朝食の約束したことは一度もない。広い朝食会場なので、どこに座ってもいいのだが、何となく、ご一緒するのが慣習となっていて、今年も奈良での仕事の際、朝食会場で顔を合わすと、「席はどこ?」「いつもの場所です」という、合い言葉が交わされた。来る者拒まずなので、朝食の席に他の人が加わることもよくあるが、M先生と私の座る場所だけは決まっている。

話が長くなるので、M先生についてはいずれ、追々触れることにしよう。

そのM先生から思いもよらずDVDが届いたのは、奈良での朝食の際に、エディット・ピアフの話が出たからであった。2007年公開の「エディット・ピアフ~愛の賛歌~」を私が見たという話をしたのがきっかけだったような気がする。ピアフを演じたマリオン・コンティヤールは、素晴らしくピアフを演じていることはわかったが、実際にピアフが歌う姿を見たことがなかったので、こういう人だったのか、と思っただけであった。しかし、送られたきたドキュメンタリーを見て、気づいた。マリオンは、ピアフを演じていたのではなく、ピアフになり切っていたのだ。すご~い! 気づくや否や、マリオンとピアフの株が私の中で急高騰。ドキュメンタリーの中にあった「ピアフの歌は祈りである」という言葉にも感動して、衝動的にピアフのCDを買ってしまった。

そんな午前中を今日は過ごしているわけです。

2019-10-22 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

夏休み 

いつもは8月の末から9月くらいにかけて夏休みを取るが、いろいろあって先週から夏休みをとっている。残るはあと1日なのだが、明日はおまけのようなもの。

今年の夏休みは、思いもかけず、近しい人に二度会うことができた。大病を克服しはしたが、味覚が変わってしまって食欲がわかないと聞いていたので、心配してはいたが、想像していたよりは元気そうに見えた。しかし3キロ痩せたらしく、その所為か少し足下が危なげであった。

この人と待ち合わせするのは、驚くほど難しい。とにかく拘束されるのが嫌いなので、何時何分にどこそこで会おうという約束ができない。本人が嫌だというのだから仕方ない。大まかな時間帯とエリアを決めておくしかないのだ。たとえば、「10時頃にしようか。●●駅ね」という提案があったとしよう。しかしこれは10時に待ち合わせという意味ではない。そして駅と言っても広いので、改札なのか、出口なのかわからない。だからと言って、細々と聞き返すという権限は私には与えられていない。それでも今まで、何とか巡り会っている。もちろん、場所はともかく、10時頃と言われれば、10時前に巡り会うこともあるし、10時過ぎまで待たされることもある。悠久の歴史の中では、30分前後のズレなどはたいした問題ではないということなのだ。

この夏もそういう待ち合わせを二度したのだが、もちろん二度とも無事に巡り会えた。

いろいろ話をした。一度目のときは、食料危機と環境汚染について、二度目のときは、バーチャルリアリティについて。いつものことながら、テーマはどんどん変わって、話は、迷子になるのだ。・・・・・・面白かった。面白すぎて、それをすべて文字にすることはできないのが残念だ。

2019-08-18 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

七夕

今日は令和の最初の七夕だが、一日中天気がぐずついている。織り姫と彦星の年に一度の逢瀬は叶いそうにないようだ。

さて、近しい人から電話があった。この人は多くの人から慕われ、つねに来客が多い。来る者拒まずの精神だが、本人は来客の対応でかなり疲れるらしい。昨日は2人、一昨日は1人、その前は6人もいたとか・・・。この人が大病を克服したことを、みんなが喜んでいるのだから仕方ない。

「話を集中して聞かないといけないから、疲れるんだよね。」おい、おい、私に愚痴るのか、と電話の声を聞きながら思ったが、言わなかった。私ぐらいにしか愚痴をこぼせないのだろう。

電話の内容はどんどん移り変わる。これをわれわれは「迷子」と呼んでいる。話が迷子になる。もともと話に目標はないのだから、迷子になるというのはヘンなのだが、そのあたりは二人とも大らかなので、よいのだ。

迷子の話の中で、この人の住んでいる自治体では、健康診断の無料券が届く、という話に行き着いた。この前は、歯科検診の無料券をもらったという。へぇ、良いじゃないか、と思っていたら、電話の向こうで「歯の検診なんかいかないけどね」という声がした。「せっかくの無料券なのに」、と私が言うと、「驢馬じゃあるまいし」という答えが返ってきた。驢馬の売買の際には、驢馬の口を両手で大きく開けて、歯の具合をみて、驢馬が健康かとか力があるかとかを調べるのだそうだ。・・・想像してみた。・・・確かに歯の検診はいかなくてもいいか、という気になった。・・・

明日からこの人は里帰りをする。術後の検査も兼ねている。お医者はすぐに病名をつけたがるので、お医者には何も言わないと言っていた。それはとても賢明なことだと私も思う。たくさんのデータを集めて平均値を割り出しても、その平均値が自分にとっての最良値とは限らない。

里帰りからいつになったら戻ってくるのかわからないが、とにかく検査結果に異常がないことを祈るばかりだ。

2019-07-07 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

2019年の復活祭を前に

 気づけば約2か月、更新を怠っていた。とにかく、貧乏暇なしで忙しく、忙しいうえに、そろそろ雑誌版の「ムネーモシュネー」を発行しようかと、準備を始めた所為で、更新を怠っているのである。・・・言い訳です。

 近しい人が、病を克服して帰ってきた。これがこの2か月の間で、もっとも嬉しい出来事であった。帰ってきた、と言っても、新幹線を利用しなければ会えない距離にいる。3月初めにぷらっと「こだま」に乗って日帰りで会いに行ったが、その時は、再検査までの療養期間だった。つまり最終検査に引っかかって、そのために再検査が必要だったのだ。どうなるか、と心配していたら、3月後半のある晩に、メールが飛んできた。「どこも悪いところはない」。私は、単純なので、そのメールを読んで飛び上がるほど喜んだ! …… 2週間後に電話があって、本人は、「『悪いところはない』とお医者さんは言うけれど、『良い』とは言っていない」と、ひねくれたことを言う。まぁ、確かにそうなのだが、「そこは素直に喜べばぁ~」と思ったが、言わなかった。

 3月初めに会ったとき、とても静かな時間の流れの中で、8か月にわたる闘病生活の話を聞いた。きっと一番苦しかったときのことは省略して、闘病生活でのいい側面だけを話してもらったのだと思うが、信仰に支えられている人だから、病気によって心が折れることなく、穏やかな日々の中で、徐々に回復していったようだ。

 その人の人生のお手本は、きっと兄弟姉妹の中で一番仲の良いお姉さまなのだろうと、私は密かに想像している。お姉さまのお話はよく聞かされる。そして、3月初めのときにも、お姉さまのお話を聞いた。お姉さまも篤信の人なのだが、「神は人間から奪うことはない。何も奪わない。もし奪うことがあるとしたら、それはもっと良いものを与えるためなのです」、とお姉さまが言っていた、と教えてもらった。とても印象深い言葉である。

 現地時間4月15日に、パリのノートルダム大聖堂が、火災にみまわれた。800年近く前に建てられた歴史的建造物が炎に包まれ、90m以上の高さを誇る尖塔が焼け落ちた。言葉にならない衝撃的な火災事故。人類の文化遺産が無残な姿になってしまった。何と悲しい出来事であろうか。永遠と思われたものが崩壊したのである。しかし、瓦礫の中から、尖塔の先を飾っていた風見鶏の像が見つかった。宝物の多くも救出された。マクロン大統領は、5年以内にノートルダム大聖堂を再建したい、と述べている。神は人間から文化遺産の一つを奪われたように見えるけれども、実はもっと素晴らしいものを創り出す機会を人間に与えてくださったのだ、と前向きに思いたい。…… やはりあの人のお姉さまは、素晴らしい人なのだなぁ。

2019-04-18 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan