慌ただしい年の瀬

今日は今年最後のゴミの回収日だったので、出し遅れないようにと思って朝8時に前にゴミ出しを終了。ほっとして部屋の中を何気なく見渡すと・・・あら? さっきは気づかなかったが、テーブルの上に可燃ゴミ。あ!しまった!慌てたので、見落とした! 今なら間に合うと思ったけれど、まぁ、これくらいなら、年明けでいいかな、と断念。今年のゴミは今年のうちに、というわけにいかず、ちょっと残念。

午後、散歩のついでに本屋に寄ったら、レジのお姉さんに、年内に消えるポイントが結構残ってますよ、と声を掛けられ、え! 年内って今日を入れらたらあと二日ですよね。それはたいへん! 消えゆくポイントを惜しんで本を無理矢理買うというのは、少々納得できないが、それはともかく、精神的な圧迫感があるのもまた、年の瀬ゆえなのだろう。

2015-12-30 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

今年もあとわずか

やっと平年並みの寒さになったようですが、それでも何となく年末感がありません。・・・大晦日で今年一年の悪いものをすべて水に流して、真っ新の新年を迎えましょう、というのが、年末・年始の精神だと子どもの頃は純粋に思っておりました。しかし年を一つ重ねるごとに、屁理屈を覚え、年末・年始というけれど、結局連続する毎日じゃないか、昨日と今日にどんな違いがあるというのか、などなどいうことをいつの頃からか考えるようになりました。要は年に一度の大掃除などせず、普通の掃除でいいじゃないか、という言い訳に過ぎないのであります。・・・年賀状は三が日の間に書こうかな、と思っているくらいですから、つまりは怠け者なのです。・・・窓掃除くらいはしようかな、いやいや、そんな珍しい気をおこしたら、折角の好天気に水を差すことになって、雨でも降り出したらたいへん! やはり、いつも通り、怠け者の年末の過ごし方をまっとうします。

2015-12-28 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

冬至を過ぎて

昨日が冬至だったとか。冬至と夏至の日照時間は5時間ほども違うそうです。

冬至を過ぎると、また少しずつ昼の時間が長くなっていきます。それを思うと少し嬉しくなりますが、急にやってきたこの寒さ。私にはどうやら冬眠期が近づいているようです。眠くて眠くて、一日中毛布にくるまってゴロゴロしていたい気分です。

そんなわけで、ただいませっせとエネルギーを蓄えております。眠るにもエネルギーが必要ですから・・・。まずはしっかり食べる! 食べるにも少し苦労した方がよいか思い、わけのわからぬ理由ではありますが、フランスパン作りの修業中。自己流なので、すでに3度失敗。本日は4度目ですが、若干進化したようで、少し手応えがありました。・・・部屋が寒い、オーブンがないなど、いろいろなハンディーを背負っておりますが、理科の実験のごとく、失敗を糧に徐々に進化していくのが、結構楽しいのです。さて、そろそろ発酵の具合を見ることに致します。

年末ジャンボが当たったら、まずはパン焼き用の石窯を購入したいものです。・・・当たりますように!

2015-12-23 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

いよいよ待降節

明日から待降節に入ります。今年も残り約一ヶ月。・・・まだ今年を振り返るには少し早いですね。

クリスマスにはシュトーレンを焼くのが普通かもしれませんが、シュトーレン作りは私には少しハードルが高いので、本日は、フランスパンに挑戦しました。といっても、調理台のない狭い台所なので、丸いブールを作ることにしましたが、フランスパン用の小麦粉が手に入らないので、強力粉と薄力粉を混ぜてみました。・・・大らかな性格ゆえ、適当に焼いてみたら、若干焦げてしまいましたが、それほどの大やけどではなかったので、ほっと一息。初めてにしては、まぁまぁ、と自己憐憫の精神で、自分で自分を褒めておきましょう。

パン焼き用の石窯なんかあったらいいなぁ~。・・・よし! 年末ジャンボだ! 1等当てて、会社をやめて、どこかの田舎で自家製パンが売り物のカフェを始めるぞ!・・・こういうストーリーの映画があったような気がします。・・・それはともかく、当てる前に、買わなければ・・・

2015-11-28 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

休日も残り秒読み

久しぶりにカレンダー通りの土日休日。散らかっている部屋の中を少し片付けましたが、根気が続かず、残りは後日。そして久しぶりに「敬愛なるベートーヴェン」という映画のDVDを観ました。2007年に公開された映画です。8年ぶりに観たわけです。コピー機のない時代ですから、ベートーヴェンの書きなぐったような自筆の楽譜をきれいに写譜する仕事がありました。映画は、架空の女性写譜師アンナが、難聴に苦しむベートーヴェンを助けて「第九」の初演を成功に導くというのが、主な筋です。8年前には気づきませんでしたが、この写譜師は、実はベートーヴェンの魂の片割れではないか、というような気がしました。

それはともかく、この映画の中での一番のクライマックスは、第九の初演コンサートの場面です。ほとんど耳の聞こえないベートーヴェンに合図を送るために、アンナが、客席から見えない場所で指揮をしますが、これは史実に基づくようです。この場面を手に汗しながら、観ていると、第九の演奏が終わるやいなや、思わず画面に向かって、「ブラボー!」と叫んでしまいました。・・・よかった、映画館でなくて・・・

でも、私が一番好きな場面は、アンナにベートーヴェンが音楽について語る場面です。

「音楽は単なる空気の振動だ。だがそれは神の息吹なのだ。神の息吹である空気の振動が、人間の魂に語りかけるのだ。音楽は神の言葉だ。われわれ音楽家は最も神に近い存在なのだ。われわれは神の声を聞く。神の唇(=意思)を読み取る。われわれは神の子どもたちを生み出し、神を讃える。それが音楽家だ。それができなければわれわれは必要ない」。

ピュタゴラスは、天体は、人間の耳には聴き取れない音楽を奏でながら運行していると考えていたようですが、その音楽を聴くことができるのは、ただ神のみなのかもしれません。そのような音楽を人間が聴いたら、人間の耳はその大音響に耐えられないであろうから、そのような大音響を聴けないということ自体が神の恵みであるという説もあります。いずれにしても、空気の振動を音として聴く、あるいは空気の振動を、鼓膜を通して音と認識できる能力は恐らく人間だけでしょうから、それは天体の音楽を聴くことのできない人間に対して神が下さった賜物なのかもしれません。

ベートーヴェンの音楽については、もっと話したいこともありますが、そのうち気が向いたら、またお話させていただきます。

第九については、ちょっとした面白い読み物としては、今道友信著「音楽のカロノロジー-哲学的思索としての音楽美学-」の中の付録「よろこびをうたう」という対話篇がありますので、興味がある方は、どうぞ。

2015-11-15 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

たわいない話

今年は11月29日から待降節に入ります。まだ2週間以上先の話ですが、今年はふと思いついて、レープクヘンを買ってみました。レープクーヘンというのは、シュトーレンと並んで有名なドイツのクリスマスのお菓子です。ドイツからの輸入雑貨を扱っているお店で買いました。味見はまだです。

レープクーヘンといえば、ドイツにあるシュミットというお店が有名です。インターネットで注文できるようですが、ドイツから日本への送料など考えると、またこの時期に注文してすぐに届くとも思われないので、シュミットのレープクーヘンはあきらめました。

シュミットの本店はニュルンベルクにあるそうですが、確かミュンヘンにもシュミットがあったような気がします。今では海外旅行はおろか、国内旅行にも行く余裕などありませんが、20年以上前に、友だちと二人でドイツを旅したことがありました。話が長くなるので、レープクーヘンにまつわるお話だけ致しましょう。友だちのお父さんが私たちの旅行を心配して、ミュンヘンでは必ずこのドイツ人一家を訪ねるように、と紹介してくださったのが、ワーグナー家。音楽家のワーグナーとは何ら関係のない、まったく別のワーグナー家。ワーグナー・パパとワーグナー・ママそして、ワーグナー・ムスコの三人家族ですが、とっても個性的な一家で、ワーグナー家の人びとの話はいつかどこかでしたいものですが、このワーグナー家で、私は初めてレープクーヘンをご馳走になりました。細かいところの記憶がかなり薄れてしまっていますが、確か、レープクーヘンを食べるときは、コーヒーではなく牛乳を飲むのがいいのよ、とワーグナー・ママが言っていたように思います。恐らく、レープクーヘンがとっても甘いので、体内のカルシウムを溶かしてしまうゆえ、カルシウムを補うために牛乳が良いのだろう、と自分勝手に解釈しています。

それはともかく、このレープクーヘンを、好き嫌いの多い私にしては珍しく気に入って、お土産に買いたいと、ワーグナー・ママに言いました。すると、「わかったわ。あなたたち、ついてらっしゃい!」とママは私たちを引き連れて、とあるお店に行きました。そのお店が確かシュミットだったと思うのです。・・・ワーグナー・ママは、大柄な、いかにもドイツ女性という感じの人で、それに対して私たちは小柄なものですから、お店までの道中が、まさにカルガモ親子のお散歩のようでした。大股でどんどん進んでいくカルガモのお母さんの後から、2羽の子カルガモが、お母さんを見失わないように、全速力でちょこちょこ追いかけていくかのようでした。右も左もわからないミュンヘンの街中で、ワーグナー・ママを見失ったら、私たちは途方に暮れるしかなくなるので、とにかく脇目もふらず、ひたすらワーグナー・ママの背中を見つめて歩いていたような気がします。あの時迷子になっていたら、今このようにブログなど書いてはいられないでしょうから、迷子にならず、ホントよかったです。

 

2015-11-11 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

雨の日曜日

今日は久しぶりのお休みです。・・・そうでもないですね。文化の日はカレンダー通りの休日でした。私の休日が日曜日と重なったのが久しぶりというべきでしょう。

電子書籍を一時期気に入って買っていたのですが、最近また紙の本に立ち返りました。PCや携帯の調子が悪いということもあるのですが、紙の本に戻った理由はいたって単純です。可愛い布製のブックカバーを買ったので、それを使いたくて紙の本にもどったというわけです。最近、お弁当を職場に持参しているのも、同じ理由です。可愛いお弁当箱を買ったので、それを使いたくてお弁当を持参している次第です。お弁当の中身は訊かないでください。ほぼ「日の丸弁当」に近いです。それはともかく、人の行動の契機というのは、案外このような単純な理由なのではないでしょうか。・・・・・・ん? 私個人の単純さを一般に敷衍するのは、だめですね。ゆえに、もとい。私の行動のきっかけは、こういう単純な事柄がほとんどです。

さて、そろそろ「ムネーモシュネー」の次号の準備を始めようかと思います。・・・といいながら、準備が進まず結局いつものように、一年があっという間に過ぎてしまうのでしょうが、このPCがまだ動いているうちに、何とか輪郭だけでもはっきりさせたいと思います。・・・しかし、私はそろそろ冬眠期に突入しそうです。

2015-11-08 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

プチ竜宮城?

今のところ、まだPCは動いています。電源を入れるたびに、今日は動くかな? もうダメかな? あ!起動した!でも、まだ油断は禁物・・・とドキドキしながら、PCの画面とにらめっこです。

それはともかく、10月に入りました。と言いながら、今日は何日だっけ?と思ってしまいます。時間に対するが感覚が薄れているのですね。世の中の動きから目を背けるというのは、卑怯なことなのかもしれませんが、新聞はもともと取っていないので、新聞は読まず、テレビも見ず、ラジオも聞かない生活をここ2週間ほどしています。外に出て、人から話を聞いて、「へぇ~、そんなことがあったのですか!」と驚くことしきりです。

タイやヒラメの舞い踊りはないのですが、そして乙姫様も豪華な食事もないのですが、世の中から隔絶されたこの狭い私の部屋は、一種のプチ竜宮城なのかもしれません。

2015-10-03 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

またPCの危機

プチひきこもりで、PCを1週間ほど放置し、今朝久しぶりに電源を入れました。・・・ん?画面が真っ暗だけど?? ん??? と思っているうちに、突然PCがセルフ・チェックを始めました。ん???? 大丈夫か??????

いつかこんな日が来るのではないかと恐れていました。ある朝電源を入れようとしたら、PCが壊れていた・・・このまえ、何となく量販店に行き、PC売り場をうろうろして、値段のカードをいろいろと眺めていたのですが、あれって、虫の知らせだったのでしょか?

PCを買い換えるとなると、いろんな意味でたいへんだなぁ~、と思っていたところ、何とかシステムは立ち上がりましたが、何となく調子が悪い・・・ 動いているうちにバックアップを取らなければ・・・・

というわけで、この先、1ヶ月というのはよくあることなので、2ヶ月ブログが更新されていなければ、PCが壊れたと思っていただければ幸いです。

それにしても本日はひんやりしています。どうぞ風邪などお召しになりませんように。

2015-09-25 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

椅子

部屋が狭いので断念してはいるのですが、今一番欲しいのが椅子なのです。今ある椅子は座り心地が悪くて、落ち着いて長時間座っていられません。・・・それは私の持久力、集中力がない所為で、椅子の所為ではないという説もあるのですが、本人は絶対に椅子の所為だと思い込んで、責任転嫁しております。

それはともかく、椅子が欲しいなぁ~と思うたびに思い出すのが、二つの椅子です。一つは黒い椅子で、私が「社長の椅子」と呼んでいた椅子。そしてもう一つは、ずっと「パナマ・チェア」と呼んでいた椅子。これはどうもパナマ・チェアではなかったということがつい最近判明しました。・・・いい加減な命名なので、どうぞお気になさらず。

この二つの共通点は、どちらも大きな椅子で、私の幅の1.5倍はあるので、この椅子に座ると、私がちょうど隠れるのです。こどもが大人用の椅子に座って、すっぽり隠れてしまう、そういう感じです。特に、パナマ・チェアではないパナマ・チェアの方は、私が組み立てたのですが、ひじ掛けの部分が緩やかな曲線を描いていて、これに座ると穏やかな気分になれるのです。

お気に入りの椅子をなぜ手放したか・・・まぁ、それはそれ・・・

椅子というのは、大事です。本を読む、文字を書く、そういった知的作業の主体を支えるものなのです。やはり椅子は、贅沢とそしられても、すこし立派なものを選ぶべきであるように思います。長く座っても飽きない、疲れない椅子。・・・そのうち買うぞぉっ!・・・

 

2015-09-19 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan