公衆電話

昨日は、伯父の誕生日でした。なぜ伯父の誕生日を覚えているかというと、祖父の亡くなった日でもあるからです。「おじいちゃん子」とか「おばあちゃん子」とかいいますが、どちらだろう。みんなは私のことをおばあちゃん子だと思っているようですが、隠れおじいちゃん子だったかもしれません。・・・

それはともかく、ずいぶんご無沙汰しているので、電話をかけるには、格好のチャンスと思い、仕事の帰り道に、携帯電話に登録してある伯父の電話番号をプッシュ。・・・ん?反応がない。・・・もう一度プッシュ。・・・ん?何も聞こえないが、通話時間だけがどんどんカウントされていく。・・・「よくわからないけど、まずは電車に乗ろう」と思い、駅に向かいました。幸い、待たずに電車に乗れて、コトコトと揺られていると、携帯がブルブルと震えだしました。・・・「ん?伯父の携帯に私の着信履歴が残ったようだな」、と思っているうちに、マナーモードの携帯は留守電に切り替わりました。留守電メッセージの内容はだいたい予想はつきましたが、聞いておこうかな、と思い、電車の中で、留守番センターに接続。・・・ん?聞こえない。・・・ん?壊れたァ!!! 固定電話を持たない私にとっては、携帯の故障は一大事!

とにかく、携帯電話が故障していることを、伯父に知らせるために電話をしなければ・・・。電話が壊れたと電話をするのも妙な話ですが、改札を出て、通りに面したところに公衆電話のボックスを発見!いまどき貴重な公衆電話です。こんなにすぐに見つかるとは幸い。しかし、テレフォンカードがない。振り返るとコンビニがありました。コンビニは入り「テレフォンカードなんか、ないですよね」、となんとも消極的な質問を店員さんに投げかけてみた。コンビニで、しかも公衆電話の前の店なのだから、無いはずはないのだが、「あります」と言われたときには、「へぇ~、あるんだ~」とちょっと意外に思ってしまいました。が、そこからがたいへん。いまどきのコンビニですから、レジにすべての商品が登録されているらしいのですが、テレフォンカードの登録画面が見つからない。「年間、何枚ぐらい売れるのかなぁ~」、「私の前に売れたのは、どれくらい前だったのだろうか」などなど、あれこれ考えているうちに、やっと精算が無事に済みました。

いざ、公衆電話へ。・・・私も公衆電話を使うのは、何年ぶりだろう、と思い出せないほど、使うのが久しぶりだったので、ちょっとドキドキしてしまいました。まず、カードは無事に差し込めましたが、ダイヤルを押したとこに、画面に数字が出ないので、あら、掛け方を間違えたかな?とちょっと戸惑ってしまいました。ナンバーディスプレイに慣れてしまっているので、公衆電話でも同じように表示されると思ってしまっていたのです。・・・何たる愚かさ! 携帯で、電話が掛けられないのですが、メールは使えたので、伯父に「公衆電話から掛けます」と知らせておいたので、怪しまれずに、私からの電話に出てもらい、しばし歓談。テレフォンカードの度数が減っていくのを見ながら、そうそうこの画面は残数表示用でしたねぇ~、ちょっと懐かしくなりました。・・・公衆電話で話しながら、「たまには、電話ボックスに入って、テレフォンカードを使って話しするものもいいもんだなぁ」と思うのは、センチメンタリズムというのか、回顧主義というのか、私もますますおばさん化が進んでいるということなのでしょうね。

2016-04-08 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

桜もそろそろ

桜もそろそろ散り始めるのかな、と思ったが、今日のこの寒さで、また楽しめる期間が少し延びそうだ。

とはいえ、今年はどういうわけか桜を見たいという気分にならない。なぜだろう。そういえば、私のセンセイも、ある年は「桜なんぞ」、と冷ややかな態度をとっていらしたかと思うと、次の年は、「桜でも見に行くか」、と楽しげに桜並木の下を歩いていらした。その時の気分というものがあるのだろう。というわけで、今年の私は、「桜なんぞ」、という気分なのだ。

それでも、今朝はふと「さくら横町」という歌を思い出した。

春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう
想出す 恋の昨日(きのう)
君はもうここにいないと

ああ いつも 花の女王
ほほえんだ夢のふるさと
春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう

会い見るの時はなかろう
「その後どう」「しばらくねえ」と
言ったってはじまらないと
心得て花でも見よう
春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう

「霧と話した」と並んで、中田喜直の作品の中では、好きな曲だ。「さくら横町」・・・歌詞が加藤周一によるものだと知ったときは、少し驚いた。中学生の時、偶然テレビで加藤周一の姿を見て、眼光鋭き白髪の賢人といえば褒め言葉に聞こえるが、簡単にいえば、「こわいおじさん」というのが、私の第一印象だった。その「こわいおじさん」がこんな粋な詩を書くのかと驚いたのが、小娘の頃の思い出である。花粉の所為で声が出にくくなっていて、歌えないのが残念だ。歌でもうたえば、心も軽くなって、「桜でも見に行くか」という気分になるのかもしれない。・・・ならないかもしれない。・・・まぁね。こういう気分の日もあるサ。

 

 

2016-04-02 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan