クリスマスも過ぎ

クリスマスの直前の日曜日の夜、近しい人から電話があった。「ありがとうございました」。近しい人はなぜかお礼の言葉は丁寧になる。「ありがとう」と言うことはなく、「ありがとうございます」とか「ありがとうございました」としか言わない。それはともかく、お礼の理由は、私がクリスマス・プレゼントを送ったからである。気がついたらクリスマス直前。慌ててネットで注文して直送してもらった。慌てていたので、特別な包装もなく、何のために送ったかの説明はなかった。ま、箱の中身は、小さなクリスマスツリーとスノーマンの置物なので、誰が見てもクリスマス・プレゼントであるのはわかるだろう。けれど、そこは容赦なく、「クリスマスカードは付いてなかったね」と突っ込みをいただいた。「忙しくてカードを書く暇がなかったの。ごめんなさい」と素直に謝った。「僕も忙しくて書いてないんだよ。『電話で話したからカードはもういいですよ』ってみんな言ってくれたら、助かるんだよねぇ」。なるどほさっきの突っ込みはここに繋がっていたのか。策士だね。

クリスマスカードをもらう数が年々減ってきている、と近しい人はボヤいていた。そして、毎日顔を合わせている人たちからは几帳面にクリスマスカードが届くと笑っていた。ネット社会のマジックだろうか。離れていても、ネットを使って時々連絡を取り合っていれば、紙のカードなどは魅力がなくなるのかもしれない。・・・・・・これ以上考えるのは面倒なので、やめておこう。

きっと近しい人からはクリスマスカードがくるはずだ。人を油断させておいて奇襲作戦に出るところがある・・・・・・ちょっと表現が悪かったかな。言い換えよう。面倒だと言いながらも律儀なところがあるから、きっとクリスマスカードを送ってくれるだろう。そういう人なのだ。

そしてやはりクリスマスカードは届いた。

2019-12-27 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

湯たんぽ

近しい人に、湯たんぽを送った。

ちょうど1週間前の火曜日に、久しぶりに近しい人に電話した。「お元気ですか?」「わかんない」という合い言葉に始まり、1時間ほどいつものように迷子になりながら楽しく会話をした。どこをどう迷ってローマ教皇フランシスコ一世の来日の話題に入ったかのかは忘れたが、今の教皇はイエズス会から出た初の教皇だがドミニコ会はもう4人も教皇を出しているというところから、ドミニコ会800年の歴史に話が及んだ。天使という名のついたフラ・アンジェリコはドミニコ会士だったし、レオナルド・ダ・ヴィンチがフランスだったかイタリアだったか忘れたが、貴族に召し抱えられたのは、ドミニコ会のおかげだし、何よりも近代オリンピックが始まったのもドミニコ会のおかげらしい。話を聞きながら、「へぇ、そうなのかぁ」と感心した。そこからまた話がどんどん迷って、湯たんぽの話にたどり着いた。大病の後、近しい人は22㎏も痩せたので(前が少し太り過ぎだったようなのだが)、他の人よりも寒さに敏感になったらしく、ベッドに潜り込んでも寒くて眠れないので、湯たんぽを買いに行ったのだそうだ。だが、アルミの固い湯たんぽしか売っていなくて、できるだけ柔らかい素材のものを探したら、電子レンジで温めてから使う湯たんぽしか見つからなかったらしい。不本意ではあるが、背に腹はかえられぬということで、それを買ったが、やはり固くて気に入らない、と大いにぼやいていた。おそらく、水枕のような形の湯たんぽが欲しいのではなかろうか、と電話を切ったあと、思い至った。

湯たんぽ・・・電話の翌日は忙しすぎて忘れていたが、翌々日の木曜日に、湯たんぽのことを思い出し、ネットで探してみたら、意外と簡単に水枕タイプの湯たんぽが見つかった。低温やけど防止のための、ニットでできたカバーの柄はトナカイであった。トナカイかぁ、ちょっと子どもっぽいかな。・・・ ま、いっか。少し早いけれど、クリスマスのプレゼント代わりに、湯たんぽを購入して、近しい人のもとに直送してもらえるように手続きをした。土曜日の午前中着。

日曜日の夜、近しい人から電話があった。「今日は長話するつもりはないから」という前置きがあって、それから「湯たんぽが届いたから驚いたよ」という少々とがめるような口調の声が聞こえてきた。それに続いていろいろ言葉が並んでいたが、総合的に判断すると、トナカイの絵は気に入らないけれど、湯たんぽは喜んでもらえているようだ。湯たんぽを使う際の注意事項を私が伝えたら、そこからまた話が迷子になってしまった。一番記憶に残った話を一つ。私がコンビニで買い物をしたとき、アルバイトの外国人が、釣り銭を間違って、多く返してくれた。その時一瞬躊躇したけれども、私は正直に釣り銭の中からもらいすぎた分を返したが、正直に返すかどうか試されているようだったと言った。答えて近しい人曰く、それは自分の良心が自分自身を試しているのだ。なるほどね。

会話の内容をすべて記録したいところだが、あまりにも話題が次々に変わっていくので、全部を記憶することすら難しい。ただ会話が楽しいということだけは記憶にとどまる。「今日は長話するつもりはないから」という近しい人の宣言はむなしく、今月二度目の電話は1時間半に及んだ。

2019-11-26 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

10月22日

今日は「即位礼正殿の儀」だそうで、今年だけの国民の休日となっている。

今朝は、エディット・ピアフのドキュメンタリー映画のDVDを見た。昨日、帰ったら郵便受けに大きな封筒が入っていた。何かと思って開けてみると前述のDVDが入っていた。差出人を見たら、ある先生の名前があった。M先生と呼ぶことにする。M先生とはずいぶん前から知り合いであったが、それほど親しいわけではなかったし、私が学生であったこともない。仕事で、年に何度か会うだけである。それが、いつの間にか、ある程度の距離を保ちながら、親しくさせていただいている。

このブログがM先生の目にとまることはきっとないだろうから、少しM先生の話をしよう。いつ頃からか奈良県での仕事が年に1回あって、そのときは朝食をご一緒することになっている・・・らしい。変な言い方だが、朝食の約束したことは一度もない。広い朝食会場なので、どこに座ってもいいのだが、何となく、ご一緒するのが慣習となっていて、今年も奈良での仕事の際、朝食会場で顔を合わすと、「席はどこ?」「いつもの場所です」という、合い言葉が交わされた。来る者拒まずなので、朝食の席に他の人が加わることもよくあるが、M先生と私の座る場所だけは決まっている。

話が長くなるので、M先生についてはいずれ、追々触れることにしよう。

そのM先生から思いもよらずDVDが届いたのは、奈良での朝食の際に、エディット・ピアフの話が出たからであった。2007年公開の「エディット・ピアフ~愛の賛歌~」を私が見たという話をしたのがきっかけだったような気がする。ピアフを演じたマリオン・コンティヤールは、素晴らしくピアフを演じていることはわかったが、実際にピアフが歌う姿を見たことがなかったので、こういう人だったのか、と思っただけであった。しかし、送られたきたドキュメンタリーを見て、気づいた。マリオンは、ピアフを演じていたのではなく、ピアフになり切っていたのだ。すご~い! 気づくや否や、マリオンとピアフの株が私の中で急高騰。ドキュメンタリーの中にあった「ピアフの歌は祈りである」という言葉にも感動して、衝動的にピアフのCDを買ってしまった。

そんな午前中を今日は過ごしているわけです。

2019-10-22 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

夏休み 

いつもは8月の末から9月くらいにかけて夏休みを取るが、いろいろあって先週から夏休みをとっている。残るはあと1日なのだが、明日はおまけのようなもの。

今年の夏休みは、思いもかけず、近しい人に二度会うことができた。大病を克服しはしたが、味覚が変わってしまって食欲がわかないと聞いていたので、心配してはいたが、想像していたよりは元気そうに見えた。しかし3キロ痩せたらしく、その所為か少し足下が危なげであった。

この人と待ち合わせするのは、驚くほど難しい。とにかく拘束されるのが嫌いなので、何時何分にどこそこで会おうという約束ができない。本人が嫌だというのだから仕方ない。大まかな時間帯とエリアを決めておくしかないのだ。たとえば、「10時頃にしようか。●●駅ね」という提案があったとしよう。しかしこれは10時に待ち合わせという意味ではない。そして駅と言っても広いので、改札なのか、出口なのかわからない。だからと言って、細々と聞き返すという権限は私には与えられていない。それでも今まで、何とか巡り会っている。もちろん、場所はともかく、10時頃と言われれば、10時前に巡り会うこともあるし、10時過ぎまで待たされることもある。悠久の歴史の中では、30分前後のズレなどはたいした問題ではないということなのだ。

この夏もそういう待ち合わせを二度したのだが、もちろん二度とも無事に巡り会えた。

いろいろ話をした。一度目のときは、食料危機と環境汚染について、二度目のときは、バーチャルリアリティについて。いつものことながら、テーマはどんどん変わって、話は、迷子になるのだ。・・・・・・面白かった。面白すぎて、それをすべて文字にすることはできないのが残念だ。

2019-08-18 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

七夕

今日は令和の最初の七夕だが、一日中天気がぐずついている。織り姫と彦星の年に一度の逢瀬は叶いそうにないようだ。

さて、近しい人から電話があった。この人は多くの人から慕われ、つねに来客が多い。来る者拒まずの精神だが、本人は来客の対応でかなり疲れるらしい。昨日は2人、一昨日は1人、その前は6人もいたとか・・・。この人が大病を克服したことを、みんなが喜んでいるのだから仕方ない。

「話を集中して聞かないといけないから、疲れるんだよね。」おい、おい、私に愚痴るのか、と電話の声を聞きながら思ったが、言わなかった。私ぐらいにしか愚痴をこぼせないのだろう。

電話の内容はどんどん移り変わる。これをわれわれは「迷子」と呼んでいる。話が迷子になる。もともと話に目標はないのだから、迷子になるというのはヘンなのだが、そのあたりは二人とも大らかなので、よいのだ。

迷子の話の中で、この人の住んでいる自治体では、健康診断の無料券が届く、という話に行き着いた。この前は、歯科検診の無料券をもらったという。へぇ、良いじゃないか、と思っていたら、電話の向こうで「歯の検診なんかいかないけどね」という声がした。「せっかくの無料券なのに」、と私が言うと、「驢馬じゃあるまいし」という答えが返ってきた。驢馬の売買の際には、驢馬の口を両手で大きく開けて、歯の具合をみて、驢馬が健康かとか力があるかとかを調べるのだそうだ。・・・想像してみた。・・・確かに歯の検診はいかなくてもいいか、という気になった。・・・

明日からこの人は里帰りをする。術後の検査も兼ねている。お医者はすぐに病名をつけたがるので、お医者には何も言わないと言っていた。それはとても賢明なことだと私も思う。たくさんのデータを集めて平均値を割り出しても、その平均値が自分にとっての最良値とは限らない。

里帰りからいつになったら戻ってくるのかわからないが、とにかく検査結果に異常がないことを祈るばかりだ。

2019-07-07 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

2019年の復活祭を前に

 気づけば約2か月、更新を怠っていた。とにかく、貧乏暇なしで忙しく、忙しいうえに、そろそろ雑誌版の「ムネーモシュネー」を発行しようかと、準備を始めた所為で、更新を怠っているのである。・・・言い訳です。

 近しい人が、病を克服して帰ってきた。これがこの2か月の間で、もっとも嬉しい出来事であった。帰ってきた、と言っても、新幹線を利用しなければ会えない距離にいる。3月初めにぷらっと「こだま」に乗って日帰りで会いに行ったが、その時は、再検査までの療養期間だった。つまり最終検査に引っかかって、そのために再検査が必要だったのだ。どうなるか、と心配していたら、3月後半のある晩に、メールが飛んできた。「どこも悪いところはない」。私は、単純なので、そのメールを読んで飛び上がるほど喜んだ! …… 2週間後に電話があって、本人は、「『悪いところはない』とお医者さんは言うけれど、『良い』とは言っていない」と、ひねくれたことを言う。まぁ、確かにそうなのだが、「そこは素直に喜べばぁ~」と思ったが、言わなかった。

 3月初めに会ったとき、とても静かな時間の流れの中で、8か月にわたる闘病生活の話を聞いた。きっと一番苦しかったときのことは省略して、闘病生活でのいい側面だけを話してもらったのだと思うが、信仰に支えられている人だから、病気によって心が折れることなく、穏やかな日々の中で、徐々に回復していったようだ。

 その人の人生のお手本は、きっと兄弟姉妹の中で一番仲の良いお姉さまなのだろうと、私は密かに想像している。お姉さまのお話はよく聞かされる。そして、3月初めのときにも、お姉さまのお話を聞いた。お姉さまも篤信の人なのだが、「神は人間から奪うことはない。何も奪わない。もし奪うことがあるとしたら、それはもっと良いものを与えるためなのです」、とお姉さまが言っていた、と教えてもらった。とても印象深い言葉である。

 現地時間4月15日に、パリのノートルダム大聖堂が、火災にみまわれた。800年近く前に建てられた歴史的建造物が炎に包まれ、90m以上の高さを誇る尖塔が焼け落ちた。言葉にならない衝撃的な火災事故。人類の文化遺産が無残な姿になってしまった。何と悲しい出来事であろうか。永遠と思われたものが崩壊したのである。しかし、瓦礫の中から、尖塔の先を飾っていた風見鶏の像が見つかった。宝物の多くも救出された。マクロン大統領は、5年以内にノートルダム大聖堂を再建したい、と述べている。神は人間から文化遺産の一つを奪われたように見えるけれども、実はもっと素晴らしいものを創り出す機会を人間に与えてくださったのだ、と前向きに思いたい。…… やはりあの人のお姉さまは、素晴らしい人なのだなぁ。

2019-04-18 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan

2019年1月も残りわずか

2019年1月も残りわずかになったが、いろいろなことがありすぎて、まだ1月なのかぁ~、と思ってしまう。

一番強烈な出来事は、認知症の老人から言葉の暴力を受けてことだ。それ以来、やや消極的というか、弱気になっている。壮絶な体験であった。いい年をしたおばさんが泣いてしまったのだ。名誉のために言っておくが、認知症の老人というのは、私の両親ではない。血縁関係のない老人である。前後の脈絡も話したくないし、言葉の暴力による被害を再現する気にはなれないが、たとえていえば、油断をしていたときに、機関銃を突き付けられ、逃げる暇もなく、機関銃でハチの巣のように、穴ぼこだらけにされた、とまぁ、そんな感じである。

その時、「すごいなぁ」と思ったのは、人間の脳の働きである。私は普段涙もろい方ではない。どちらかというと人前で泣くことはほとんどない。その私が泣いたというのは、一種の防衛本能によるのではないかと思うのだ。涙を流すと脳の老廃物が洗い流される、と聞いたことがあるが、どうやらそれだけではないらしい。涙を流すことによって、言葉の暴力で受けたダメージを緩和しようとしていたように思われる。涙によって、記憶を少しにじませるというのか、おぼろげにする作用があるように思われる。

ともかく、この話はこれでやめておこう。もう少し時間が経てば、私の人間不信も少しは和らぐことだろう。

2019-01-29 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : konekosan