ムネーモシュネーの会について

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 私ども「ムネーモシュネーの会」は、主に雑誌「ムネーモシュネー」を不定期に発行しているグループです。

 雑誌「ムネーモシュネー」は、2001年4月21日に産声を上げました。今でも欧文タイトルには"Interdisciplinary Journal"という言葉が残っているのですが、もともと「学際」ということを旨とし、「専門分野にとらわれず、可能な限り広い領域にわたって、志高き、良識ある研究者の集う場にしたい」、という理想を掲げて創刊した学術雑誌が、ムネーモシュネーでした。

 「ムネーモシュネー」とは、ギリシア神話にでてくる「記憶」を司る女神であり、ムーサ(ミューズ)の女神たちの母親でもあります。なぜこの名を雑誌のタイトルに選んだのか。二つの理由がありますが、一つは個人的な理由で、たいしたことではないので、公にはしませんが、もう一つは今なお敬愛して止まない今道友信先生の次の一文に感激したことです。
「知識とは自身の経験の記憶にだけではなく、現代に限らず人類の長い歴史上に残された他者の記憶をも学習して自身の記憶を豊かにすることにはじまるのだ」。(『空気への手紙』より)

 さて、創刊以来順調に見えた「ムネーモシュネー」でしたが、諸般の事情により、12号を以て廃刊致しました。2007年暮れのことでした。しかしながら、12号の発行直後から廃刊を惜しむ声があちらこちらから上がり、またISSN番号を返上せずにいたことも幸いして、半年後の2008年水無月に、内容はもとより、表紙のデザインを一新しての復刊となりました。わずかな期間のうちに私どもにどのような変化があったのか、それは当事者以外には、どうでも良いことなので省略致しますが、復刊号には、今道先生が最後の専任教授の職を2006年3月に終えられた際の最終講義の講義録を掲載することができました。

 「ムネーモシュネー」の復刊号を準備する際に、「ムネーモシュネー編集室」と称しておりました私どもは「ムネーモシュネーの会」と呼称を改め、復刊号の発行に先駆けて2008年4月より、月に一度、今道先生を囲んでの勉強会を開くことになりました。先生が病に倒れ入院されるまで、計10回勉強会を開催致しました。平均して40人、多いときには60人もの人びとが勉強会にご参加下さいました。今思えば、片手で余るような少人数で運営している勉強会に60人もの人びとがお越し下さり、同じ思索の時を刻んだということは奇跡のようなものでした。

 2012年10月13日に今道先生が亡くなって以来、「ムネーモシュネーの会」をどうすべきか、雑誌「ムネーモシュネー」をどうしようかと思案にあぐね、混迷の時が長く続いております。まだまだ混迷のさなかです。しかしながら、雑誌の方は「学際」とはほど遠く、どちらかと言うと文芸に大きく傾いておりますが、そしてまた年に一度の遅いペースではありますが、まずは10回の勉強会のうち残り4回分の記録を掲載し終えることになる第25号の発行を目標にして、現在も「ムネーモシュネーの会」は細々と存続しております。